スコーン戦争
「イギリスの食事」と聞いただけで顔をしかめる人は少なくないが、そんな人たちの間でも「アフタヌーンティーやクリームティーだけは別」と認識されている(らしい)。
アフタヌーンティーといえば、素敵なカップでいただく紅茶、サンドイッチ、そしてスイーツ。スイーツにはバリエーションがあるが、絶対に欠かせないのがスコーンだ。
イギリスではスコーンといえばクリーム。不二家のショートケーキのイメージとは全く異なる、ドテっと重量感のあるクロテッドクリームを(頭の隅から聞こえてくる「体に悪そうだな…」という声を無視して)使うのが正統派。このクリームがスコーン以外に使われる場面にあまり出くわすことはない。
クロテッドクリームで有名な地域は、イングランド南東部のコーンウォールとデヴォンだが、前者で作られるクリームは「コーニッシュ・クリーム」、後者は「デヴォンシャー・クリーム」と区別されている。お互いの土地で作られたクリームにお互いの土地名が付いていたっていいじゃないか…と、ここまではよかった。
しかし、クロテッドクリームをめぐって両者は別の理由で争っている。そしてどちらも一歩も譲らないという状況が続いている。その争いの理由とは!
「クリームティーは誰のもの」
ことの発端はさる2010年5月、デヴォンのとある農家が、質の悪いクリームティーからデヴォン・クリームティーの名誉を守るために、EUの原産地呼称保護(PDO)制度に登録してもらおうというキャンペーンを始めたことだった。うまく登録されれば「クリームティー」の名称はデヴォン産の原料を使って作られたものだけが使えることになる。
この言い出しっぺ農家の責任者によれば、「まるでケーキのようなスコーンもどきに、缶入りのホイップクリームを添えたとんでもない偽物がデヴォン・クリームティーの名で売られているのを目にすることがある。我々の質の高いクリームティーは守られなければいけない。」とのこと。もっともだ。しかし、コーンウォールがこれに黙っているはずはない。
Cornishcream.comのピアース氏は「コーンウォールにはすでにPDO認定された産物がいくつもある。クリームティーには欠かせないコーニッシュ・クリームもそのひとつだ。デヴォンはそれが妬ましくてしょうがないのだろう。」と煽る。「この世でただ一つの正当なクリームティーはコーニッシュ・クリームティーだ。デヴォンのPDO申請は門前払いされるべきだ。」
クリームティーの正確な起源についてはいまだ議論の余地があるが、11世紀にはデヴォンのタビストック修道院でパンにクリームとジャムを付けて食べる習慣があったという。
「クリームが先か、ジャムが先か」
しかしコーンウォールとデヴォンのもっと奥深い争いは、そこではない。スコーンの食べ方にある。ご近所さんとの間でライバル意識が刺激されることはあっても、ウエストカントリーを二分してきた何世紀も続くこの論争ほど燃え上がることはないだろう。
ナイフを使って慎重にスコーンを横に2分する。パカっと開いた二つの丸い表面にあなたはまず何を塗るだろうか。それが問題だ。
1. コーンウォール式 by ジョン・スティーブン氏
「あまりに当たり前すぎて、議論する価値もない。我々コーニッシュ人は、まるでパンにバターを塗るかの如く、スコーンにケチケチと薄くクロテッドクリームを塗ったりはしない。スコーンにはまずジャムを塗りのばし、その上にぎりぎりバランスが取れるぐらいたっぷりとクリームをのせるんだ。クリームティーという名前からもわかるように、スコーンを食べるときはクリームがメインであり、スターであり、燦然と輝く栄誉なのだ。
クリームは一番目立つ場所、つまりレイヤーの一番上に置かれるべきなのに、なぜ垂れ落ちるジャムの下に隠そうとするのか。
デヴォンは素晴らしい土地だ。だが、残念ながらクロテッドクリームといえばコーンウォールなのだ。
どこかの安売りスーパーマーケットのように偽物を作るのもいいだろう。しかし、オリジナルかつベストなものを求めるのなら偽物に屈してはならない。クリームティーといえば、断固としてコーンウォール式でなければいけないのだ!」
2. デヴォン式 by サム・ニーヴ氏
「スコーンは、その表面にたっぷりのクロテッドクリームを塗り、その上に大きなスプーンですくったジャムをかけて食べる。当たり前のことだ。これは個人の嗜好を超え、科学的にも理にかなった黄金比なのだから。
お隣さんでは、スコーンに薄くジャムをつけた後でクリームを載せるようだが、それではバランスを取るのが難しくスコーンがベタベタになって食べにくい。
彼らのことを無教養だとバカにするわけではないが、我々はただ、スコーンをボロボロとこぼしてカモメに取られるよりも、クリームティーの全てを楽しみたいということだ。
コーンウォールには「コーニッシュ・スプリット」という、クリームをたくさん塗ることでまとまるケーキがある。それはそれでいい、どうぞお好きな方法でお作りなさい。しかし、スコーンは違う。スコーンはデヴォン式でなければならない。」
「やっちまった、セインズベリーズのお話」
今年4月のこと。コーンウォールのトゥルーロのセインズベリーズ店内のベーカリーでその事件は起きた。なんと、クロテッドクリームの上にジャムをのせたデヴォン式のスコーンが売られていたのだ!しかもそのスコーンはプレーンではなく、あってはならないフルーツ・スコーンだったという。
Facebook上で告発されたこの<事件>は瞬く間にウエストカントリーに広がり、セインズベリーズは謝罪に追い込まれた。
「PDO認定は結局どうなったのか・・・」
どうやらデヴォン式スコーンがEUのPDO認定を受ける前に、イギリスのEU離脱が決定してしまったようだ。
イギリス政府のウェブサイトによると、「コーニッシュ・クロテッドクリーム」は2020年の12月31日に英国のPDO認定を受けたことになっている。
しかしこれはあくまでも、クロテッドクリームのことであり、スコーンの食べ方についてはまだまだ両者譲ることのない戦いが続きそうだ。